― どのような方法でそれを行うのですか。
なかなか人が前を向けない理由の一つは、消化できない体験や感情があるからです。大切な存在、身近な存在の死別を経験された方が、無自覚に哀しみを胸の内に仕舞い込んでしまっている状況がグリーフであり、先に触れたように、何十年もその気持ちを引きずったままの人もいるほどです。
そのため、最初に、自分の中にある想いを適切に表出できる場づくりから始めます。聴き手の雰囲気、距離感などにも十分な配慮がなければ、ご遺族相手は安心して話ができません。「自分のつらい体験が他の人にわかるはずがない」というご遺族も多いため、相手に敬意を払いながら、大事なものとの繋がりを意識した対話を続けます。
グリーフにおいてはアドバイスを嫌う方も少なくありません。ですから私たちとしては、まず黙って耳を傾けることを意識しています。それを大前提に、苦しまれている相手が今を少しでも楽に生きるための情報提供や助言も、ときには有効です。実際、喪失体験後の心身の状態の変化についてイラストでお伝えすることで安心される方も多くいらっしゃいます。
― コミュニケーション方法のベースになっているものは何でしょうか。
当協会のグリーフケアは、私自身が公認心理師として、臨床心理学を踏まえてお伝えしています。中でも人が豊かに生きる基盤になるとも言われるアドラー心理学と死別を支えるグリーフケアとの融合を目指してきました。
アドラー心理学には、共同体感覚と言われる「自己を受容する」「世界を信頼する」「他者に貢献する」という3つのポイントがあります。つまり、自分で自分を認められ、周りを信頼できる気持ちをもち、周囲の役に立てるという感覚や意識を育てるということです。
哀しみが完全になくなるわけではありませんし、その必要もありません。しかし、支援者が、この生きる基盤を明確にして関わることで、死別された多くの方が哀しみに折り合いをつけながら、「苦しい胸の内が楽になった」「人生の新しい意義に気づけた」と感じて頂けるようになることは多いと実感します。
― 御社のグリーフケアによってどのような影響を受けた例がありますか。
療養施設に預けていた父親を連日見舞っていたにも関わらず、たまたま1日行けなかった日に容態が急変して亡くなり、最期を看取ることができなかった娘さんがいらっしゃいました。彼女はそれを3年以上にわたって悔やみ続け、自分を責めて苦しんでいたのです。
残念ながら、最期の場面に立ち会えるかどうかはコントロールできません。その場にいたかどうかも大切かもしれませんが、それ以上に大切なのは、そこまで娘さん本人が父親に対してどんな気持ちで向き合ってきたかだと思います。
この娘さんは、亡くなる前日まで、ほとんど毎日お見舞いに通っていたといいます。30分に満たないグリーフダイアログの中で、3年間続いた彼女の心の痛みや父親の最期に居合わせられなかった罪悪感が和らいだ姿は印象的でした。
また別の例で、父親が亡くなった3ヶ月後に知らない男性が訪ねてきて、仏壇の前で土下座をして涙を流してくれたという話がありました。生前に父から大きなお金を貸してもらい、そのお礼に手を合わせに来たということで、自分の知らない父親の一面を知って、それまで反発していた父親に正面から向き合う気持ちになれたといいます。その男性が足を運ぶきっかけをつくったのは訪問看護師と協力していたグリーフ専門士でした。
悲嘆は家族や我々のような専門士との関わり以外で和らぐことも少なくありません。ですから自分だけで関わろうとせず、謙虚に、他職種や周囲の方の力も借りる。しっかりと寄り添うと共に、周囲にどんなリソースがあるかに目が向けられる柔軟な関わりが大切です。
プロフィール
- お名前井手 敏郎
- お名前(ふりがな)いで としろう
- 出身東京都
- 身長173cm
- 体重62kg
- 趣味合気道、八光流柔術