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ニッポンの社長 > インタビュー > 世の中に独自の価値を提供する社長 > 株式会社トランス・アーキテクト 代表取締役 中西 俊光

― どうやって、現在の高い技術力を培ったのでしょう。

 もともとトランス・アーキテクトは、ひとりで立ち上げた会社。つまり、私の技術力が強みのルーツです。

 私はコンピュータの専門学校HAL大阪の出身で、在学時からヒューレット・パッカード社のプロジェクトチームで開発に携わっていました。中学の時にプログラミングを覚えて、基本的な知識はすでに備わっていたので、学校の授業を聞いていてもつまらない。だから実際にプログラマーとして働き、自分の力を確かめたかったのです。当時はアルバイトでしたが、月に40万円くらいは稼いでいましたね。

 でも、就職はなかなか決まらなかったんです。大手システム会社から「絶対に来てほしい」と一度は評価してもらったのですが、どうやら人事担当社に嫌われたようで。面接で「このまま安閑としていると、大手企業では技術のドーナツ化現象が始まります。旧態依然とした大手は技術が先細りし、じきに中小・ベンチャー企業がすべて持っていってしまいます」というプレゼンをしたら、ものすごく怒られました。「生意気だ!」って(笑)。

― 起業にいたるまでの経緯を教えてください。

 専門学校を卒業後、E-Learning系のベンチャー企業に入社しました。そこで即戦力のエンジニアとしてフル稼働しながら、CD-ROMのパッケージ製品開発からサーバー製品の開発までひとりで担当。入社から2年半の間に、ゼロからシステムを組みあげる仕事を集中的にこなしていきました。エンジニアとして貴重な経験を積むことができた期間でしたね。その後、自分の技術で勝負したいと一念発起し、25歳のときに独立の道を選んだのです。

― ひとりで立ち上げた会社が、いまでは組織になりました。人材育成の方針を聞かせてください。

 この業界では、あらかじめ“成長への階段”が設定されています。最初はいわゆる「バグとり」に始まって、やがてプログラミングに集中。それが終わると設計者、つまりSE(システムエンジニア)という役割を担うことになります。しかし、バグとりばかりやっていてもプログラムは一生書けません。また、プログラマーを経験しなければ、SEが務まるわけはないんです。

 だから当社は、新人にもいきなりプログラミングを経験させます。失敗させて、覚えさせる。実際に手を動かして、そこから得られる気づきを大事にしながら教えていきます。私自身もそうでしたが、とにかく場数を踏むことが大切なんです。自分の頭で考えて、最後までシステムをつくりあげる。私はヒントを与えて、バックアップをする役割です。

著名経営者

  • GMOインターネット株式会社

    熊谷 正寿
  • 楽天株式会社

    三木谷 浩史
  • GMOインターネット株式会社

    熊谷 正寿
  • エステー株式会社

    鈴木 喬
  • 株式会社セプテーニ・ホールディングス

    七村 守
  • テンプスタッフ株式会社

    篠原 欣子

プロフィール

  • お名前中西 俊光
  • お名前(ふりがな)なかにし としみつ
  • 出身山口県
  • 身長171cm
  • 体重67kg
  • 血液型O型
  • 趣味沖釣り
  • おススメ本『チーズはどこへ消えた?』
  • 今までに訪れた国5ヵ国
  • 座右の銘因果応報
  • 好きな映画「マルサの女」
  • 好きな歌(曲)トランス
  • いま欲しいプレゼントスイス製の高級腕時計(笑)
  • 好きな漢字一文字
  • 出身校HAL大阪
  • 今日の財布の中身19,000円
  • 飼ってるペットカクレクマノミ
  • 乗っている車ホンダ ストリーム